函館空港に降り立った瞬間、底冷えのする寒さを覚える。北国の冬の気配は、冷酷なまでの低温を突きつける。それでも、本日は晴れだ。冬曇りの合間で、珍しく晴天らしい。
立待岬に向かった。函館山のすそ野にある。津軽海峡をのぞむ冬の海の向こうは青森だ。船が群青の波間を走っていく。
小椋佳氏が、亡き美空ひばりさんのためにつくった『函館山から』という歌があり、晩年の頃の彼女の切ない熱唱が鮮明に蘇ってくる。
カモメが小さな波上すれすれを飛び来て、今度は屹立した山の岩肌を舐めるように旋回していく。「立待岬」。誰が誰をここで待ったのだろう。あまりにも切ない名称とはいえまいか。そう野口に言うと、はしゃいでいた彼女の笑顔が、しんみりと大人の横顔に変わった。

[写真左] 函館ハリストス正教会の坂道にて。野口の表情がとても大人びて見える
[写真右上] 教会の前で絵を売る画家がいた。どれもステキな作品ばかり。買い求めると、サインを入れてくれた
[写真右中] 函館山の中腹から見た函館の街。夜景のイメージとはまた違う魅力がある
[写真右下] 立待岬から眺める津軽海峡。冬には珍しい晴天。真っ青な空に飛行機雲が描かれていた
函館山の中腹は元町界隈。ここに、「函館ハリストス正教会」がある。ここは初代函館ロシア領事館付属聖堂として、安政5年(1858)に創設された教会で、国の重要文化財である。漆喰の壁に青緑の尖塔。玉ねぎのような形をした屋根「クーポル」は、ろうそくの火を意味している。3本の十字架はロシア正教会の証である。
おごそかな空気がこもった礼拝堂に佇めば、神を慕う神聖な心が芽生えてくる。宗教を問わず多くの人々がここを訪れ、心が洗われたような気持ちになるのは、まさしく神のご加護なのだろう。
聖堂に流れる聖歌。窓のガラスに差し込む光。野口は神聖なる神の前に祈り、教会で売られているクロスを手にし、それを買い求めた。アクセサリーを求めるのとは違う、深く、おごそかな思いにかられたからのようだ。
作家・谷村志穂さんの小説「海猫/新潮文庫」の舞台は函館だった。物語にこの街の気配が描写されてあり、この教会でのことも描かれている。

函館ハリストス正教会の聖堂。おごそかな空気がこもった空間の中で聖歌が流れている






