
すっかり春の気配に包まれるこのごろだが、今回「えがおで元気」が訪ねたのは、まだ雪の深い季節の白川郷と飛騨高山。
まず向かったのは白川郷。中部国際空港 セントレアでレンタカーを調達し、名古屋市内を抜けて東海北陸自動車道を北上、岐阜へ入る。車を走らせていると、郡上八幡を通過する辺りから、外の景色が次第に変化していく。
「雪だ!」とえがお社員の野口が声をあげた。山々は雪をいただき、チラチラと雪が舞ってトンネルを抜けると、そこはまさに雪国だった。車を走らせるほどに雪は深くなり、目的地の白川郷に到着すれば、その圧倒的な豪雪の光景に息をのんだことだった。
九州生まれの「えがおで元気」の取材班にすれば、豪雪の景色は感動的なものである。降り積もる雪の中に立てば、幻想的な光景とは別に雪国の暮らしの厳しさを思う。
白川郷は、1995年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。中でも合掌造りの集落がある荻町地区は日本でも有数の豪雪地帯で、現在では道路の整備も整えられているが、かつてはその道路事情により周辺地域との道路整備が遅れたことが、その独特の文化を奇跡的に残せたことにつながったという。
春はレンゲや菜の花に彩られ、夏には鮮やかな青田、秋は美しい紅葉、そして冬の雪に覆われた様と、四季折々の日本の原風景を堪能することができる。

雪に覆われた合掌造りの家。2メートルにも及ぶ高さの雪の壁

[写真上]長瀬家の囲炉裏。ここで家族は暖をとった。長い冬の厳しい暮らしは、家族愛によって支えられたのだろう
[写真右下]雪の中に思わずジャンプした野口。雪を見れば子どものようにはしゃぎたくなる

「合掌造り」といわれるのは、茅で葺かれた三角屋根が手を合わせて拝むような形をしていることから。大屋根は約20〜30年ごとに葺き替えが行われている。1軒の屋根を替え終わるには大勢の人が携わって1週間以上もの日数がかかるといわれており、ボランティアの方々の手によったり、中には工務店に依頼して行われたりしているようだ。 昔からこの地方にある「結」という、助け合いの精神と制度により、暖かい春を待って、村人総出で屋根の葺き替え作業が行われてきたそうだ。そんな互いを思いやる心こそも、世界文化遺産に値した所以ではないだろうか。
白川郷の荻町地区にある最大級の合掌造りの家屋を誇る「ふる郷長瀬家」を訪ねた。5階建ての壮大な家屋は圧巻。組柱には樹齢150〜200年の天然檜や300〜400年の栃の巨木などが使用されている。
長瀬家は初代から三代目までが漢方医であり、加賀藩前田家の御典医(幕府や大名にかかえられた医者)を務めていた由緒ある家柄である。
1階の奥座敷には、約500年前のものとされる仏壇が置かれており、他に美術品や器が展示されている。3・4階には、生活道具や養蚕用具などが展示されていて、当時の暮らしぶりが伝わってくる。
こういった合掌造りの家では、1階が家族の居住空間、中2階が使用人、そして3・4階では、蚕を養ったり、長い冬にそなえての家内作業の場として利用されていた。
それにしても数百年前にあって、5階建てを造りあげた日本建築の素晴らしさと人々の知恵には、あらためて感動を覚える。 雪深い里の風景は水墨画のようで、一切の色が覆われてとても幻想的だ。辺りには音が消え、空気もピンと張り詰めている。夕暮れになるとブルーグレーの色に包まれ、美しすぎる光景の中で心まで透きとおっていくようだ。

[写真上]長瀬家の3階の様子。かつてこの空間では、蚕が飼われたり薬草を作ったりと、冬仕事の作業場であった
[写真下]長瀬家で時間を刻んできた振り子時計。現役で活躍している







