
雪降る白川郷をあとにして、その夜の宿がある高山市へと向かう。
山里、高山の夜は静かだ。人通りは少ないが、この観光地然とした構えのないところがいい。
[写真左]高山の中心を流れる宮川にかかる中橋。雪の中にあれば、その緋色がより鮮やかにうつる
[写真右上]『かっぱ』という居酒屋でいただいた「朴葉味噌」。朴葉の上に合わせ味噌、白菜の漬物、油揚げがのっている。酒の肴には最高!
[写真右下]名物の飛騨ネギを焼いてもらった。香ばしいネギを塩でいただくと甘みが口の中に広がった
地酒と肴がおいしいと評判の『かっぱ』という店を訪ねた。ここは地元の人に人気の居酒屋。名物の朴葉味噌、飛騨ネギの焼いたものや、いろんなおいしい料理と地酒を堪能した。
『かっぱ』ではお酒も肴も抜群のおいしさだが、大将の会話もつまみのひとつ。奥さんと店を切り盛りしており、軽快なジョークで宴を盛り上げてくれる。いつのまにか地元のお客さんと友だちになり、旅人を温かく迎えてくれる心根が身に染みるのであった。

高山の朝は早起きして朝市に出かけた。市内の二カ所で朝市が開かれており、宮川沿いに並ぶ市と高山陣屋前の市の二つ。宮川朝市は江戸時代よりはじまったらしく、また陣屋前朝市は大正時代に昼市・夜市として発展した。いずれも飛騨高山の観光名物でもある。
各々の出店では漬物や味噌、愛らしい「さるぼぼ」の人形や小物などが売られている。朝市の商品は農家の人たちの手作りがほとんどで、真空パックで売られているのは衛生的な問題を回避するためのようだ。朝の7時にはじまり昼の12時には閉店する(4〜10月は朝6時から始まる)ので寝坊していては間に合わない(笑)。
さて「さるぼぼ」だが、真っ赤なお顔に頭巾と腹掛け。万歳をしている姿がじつにほのぼのとして愛らしい人形である。
飛騨地方では、赤ちゃんのことを「ぼぼ」と言い、「さるぼぼ」は「猿の赤ん坊」という意味。また、「災いが去る(猿)」や「家内円(猿)満」ともかけて縁起物とされている。野口も大切な方へのお土産にと、さるぼぼの小物を数個買い求めながら嬉しそうな笑顔をみせた。
[写真上]繁華街近くで開かれる「宮川の朝市」。これからぼつぼつと屋台が店開きをする
[写真中]朝市の屋台の中では、「さるぼぼ」の人形が手作りされていた
[写真下]愛らしい小さな「さるぼぼ」を土産に買い求める
高山の中心に古い町並みがある。商人町とした栄えた上町、下町の三筋の界隈が「さんまち」と呼ばれている。格子窓、軒下を流れる用水、造り酒屋や小物屋、茶店などがつらなり、古き良き時代の風景が広がる一帯だ。
ここに高山の伝統工芸のひとつである「渋草焼」を手がける『芳国舎』がある。
高山は江戸時代は幕府の直轄地(天領)だった。当時の高山陣屋の飛騨郡代・豊田藤之進が産業のひとつとして陶磁器の製産を御用商人に計画させ「渋草」という地に開窯させたのが渋草焼のはじまり。職人たちは、九谷、有田、京都、瀬戸、美濃の手法をもとに、深みのある白磁器に渋草調といわれる絵付で独特の作風を完成させた。
染付、赤絵、青磁、白磁、鉄砂、南京写といった渋草焼ならではのデザインは、繊細さの中に力強さがあり、伝統に裏打ちされた品格が漂う。
『芳国舎』では、今も全て手造り手描きで造られている。全国にもファンは多く、例えば「茶瓶の蓋が割れてしまったので新たに造って欲しい」というリクエストも寄せられる。そんな細かな注文にも応えるのは、確かな伝統技術と誇り、そして物づくりへのこだわりに他ならない。
本物に宿る迫力は近くで見ればすぐにわかる。「渋草焼」を手にしたならば、その魅力に感動しない人はいないだろう。

[写真上]高山の観光名所のひとつ「さんまち」界隈の通り。昔から変わらぬ古き良き時代の風情が漂うところ
[写真左下]飛騨高山の伝統工芸のひとつである「渋草焼」。全て手造りで、ひとつひとつ思いを込めて造られている
[写真右下]「渋草焼」を伝承し守り伝える窯元『芳国舎』。さまざまな渋草焼の器が展示販売されている






